三つの言葉

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保育やデザインを学ぶ大学生に、講義をする事が多々あります。おっと、保育とデザインを並べちゃいましたが、話す内容は両者全く違うんですけどね。6対4の割合で保育の講義の方が多いかな。

帝京科学大学(山梨県)では、おもちゃ、遊び、保育をテーマに90分授業を15コマも行います。1日3コマ×5日ですね。講義そのものは楽しいのです。何より若い学生たちとのふれあいが楽しい!自分の衰えかけた脳(感覚?)に良い刺激を与えて貰ってるなと感じています。彼らを評価して採点する仕事さえなければ最高なんだけどね。

先日、15コマ目の今期最終講義の時、最後に何か言い残した事はないかと思い、ちょっとだけ考え、ふいに口をついて出たお話を書いてみます。

●エピソード1 赤塚不二夫という漫画家がいました。「知ってますか?」と学生に問うと、3分の1位の学生が手を挙げました。日本のギャグ漫画界の第一人者だった事や、プライベートでもド外れて面白い逸話が残っている人なのだと説明します。その逸話のいくつかを紹介したりもします。タモリをデビューに導いたとか、晩年はアル中で、絶えず手が震えていたとかですね。「代表作は?」と問うと『天才バカボン』との答。おお~、知ってるじゃん、と嬉しくなります。

「では、この天才バカボンの親父の口癖は?」と質問すると、これも知っている学生がいて、「それでいいのだ」との答。いやぁ嬉しいねぇ。

赤塚不二夫氏は、実に多くの作品を残しました。中には教育委員会が顔をしかめる作品もあったと思います。プライベートではハチャメチャすぎて、周りの人をハラハラさせた人だったに違いありません。やりたい放題やった人ですね。でも漫画、特にギャグにかけた情熱は半端なかった人でした。

私は学生に、こう語りました。「彼がこの世に残した膨大な作品の中から、メッセージを読み取る部分があるとしたら、それはこの一言に集約されるのかもしれません。」と。そして黒板(ホワイトボードか)に、こう書きました。[それでいいのだ。]

●エピソード2 「ビートルズを知ってますか?」この問いかけに手を挙げた学生はパラパラでした。ちょっと寂しい。バッハ、ベートーベン、ブラームスと並んで4Bとか呼ばれたりして、すでに古典の領域か?と思いつつもビートルズの説明をした後、ジョン・レノンの話に移ります。

半世紀ほど前の、ビートルズ初来日の時の事です。ジョンは日本の前衛芸術家のグループ展を見に行きました。そこで出会った作品に、彼は魂を鷲掴みされちゃうのです。それは、こんな作品でした。部屋に脚立(梯子かな?)が置かれており、登った先の高い位置に望遠鏡が設置されています。向こう側の壁には、なにやら紙が貼られていて、小さな文字が書かれているようです。観覧者は何気なくそこを登って覗きこみたくなる訳です。そして脚立を登り、望遠鏡を覗いてみて初めて、そこに書かれた文字を読む事が出来るのです。この作品の作者はオノヨーコといいます。

ジョンもこれを覗きこみ、その文字を目にしました。そして、感動以上の衝撃を受ける事になったのです。ジョンは後に、その時の体験を「自分の全てを許されたような気がした。」と語っています。これがジョンとヨーコの運命的出会いです。

若くして天下を取った成功者にも、悩みや様々なストレスがあったと推測されます。そして何より、この出会いは優れた芸術家と優れた芸術家の感性が、奇跡のように見事に繋がった瞬間だったのだろうと思います。この後、ジョンとヨーコは結婚しちゃう訳ですからね。

さてここで問題です。と、私は学生に問いかけました。「オノヨーコさんの作品、壁に貼られた紙に書かれていた文字とは、いったい何だったでしょうか?」もし答が解った人がいたら、その方はオノヨーコさんに近い感性を持っている訳で、つまりこれはとても難易度の高い問題なのですが・・・。残念ながら当たった学生はいませんでした。

答はたった一言「YES」。ここで私は黒板に改めてこう書きました。[YES] 

●エピソード3 兵庫県宝塚市にあるやまぼうし保育園は、保育の中心に遊びを据えた園の中で、日本一有名な園だと言って良いと思います。とにかく、子どもたちの遊びが凄い。役割り遊びなど、丁寧でリアルなこと。ままごと、お人形、積み木といった室内遊具の質の高さ、豊富さにもびっくりの園です。で、ここの園長先生がこれまた、有名な吉本和子先生なのです。

遊んでいる子どもたちの落ち着いた様子や、遊びの豊かさに感心して、かつて私は吉本先生に質問した事があります。「やまぼうし保育園の、基本となる、保育方針?ポリシー?揺るぎない信念みたいなものは、一言で言うと何ですか?」と。この質問に吉本先生は即答されました。「肯定的支援」だと。

納得です。この言葉は保育に限らず、障害児教育や子育てにも当てはめたい気がします。幼児教育の現場で大人の姿勢として正しいのは、子どもの、ダメな所や出来ないことをあげつらうのではなく、良い所、出来る事を見つめる姿勢なのだと思うんですね。

やまぼうし保育園の子どもたちが遊びによって、どんなに育ち、様々な事を学んでいるかを、ひとしきり学生に語った後、私は黒板にこう書きました。[肯定的支援]

この日は、こんなエピソードを三つ並べて学生に語り、最後に私は、このように結んだのでした。「保育において、大人の姿勢として最も大切なことは、一人一人の子どもをまるごと受け入れる事、認めてあげる事、否定しない事なんじゃないかと、私は心からそう思います。」 

(コプタ通信2015年06月号より、相沢康夫)